Kataru – 埼玉県で紡がれるストーリー

ご当地アイドルというジャンルを確立した先駆者たち 「ZERO-9」

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加須市のご当地アイドルグループ「ピンキッシュ」のマネージメントを行う株式会社ZERO-9(ゼロナイン)。
ご当地アイドルの先駆者的存在であるピンキッシュを結成するに至った経緯や、これからの目標をについて、メンバーとともに苦楽を共にしてきた石川茂樹さんと川田茂さんにお話を伺いました。

発端となった商工会青年部の記念事業

もう13年前になりますが、2002年、われわれ2人が、旧大利根町の商工会青年部20周年記念事業の実行委員を任されることになったんです。

「どうせやるなら、何か面白いことを」とおもっていましたが、任期2年のうち、なかなか面白いことができずに1年がたってしまった。

いよいよお尻に火がついた状況になり、商工会の上層部からも無言の圧力を感じるようになって、さて本当にどうにかしないとイカンなと(笑)。

いろいろ知恵を絞っていくつかの案をかんがえました。だれか芸能人を呼んでイベントをやろうとか、ミスコンを開こうとか、本当にいくつかの案がでていたんですけど、予算都合などもあり、どの企画もなかなかうまく進まなかった。

あるとき、この地域の特徴を改めて考えてみたら、旧大利根町は音楽家「下総皖一」先生の出身地ということで、何年か前から童謡で町おこしが始まっていたんです。

そして、小学生やご年配の方々は、童謡を歌ったり聞いたりして童謡に触れる機会も多くなってきていた。

ならば、ぽっかり空いた、若い世代が童謡に触れる機会をつくることができないか、と考えるようになりました。
そんな時、テレビ番組で、シャッター街になった田舎の商店街でアイドルを育てていこうという町おこしの企画が紹介されていたんです。

それをみたときに、

「童謡を使ってアイドルを育ててみたらどうか」

というアイデアが生まれたんです。

暗中模索しながらの企画進行

商工会青年部の仲間にこのアイデアを話すると、面白そうだということで皆が賛成してくれました。

その企画を進めていくことにしたんですが、

「だれが曲を作るのか」

「どうやってプロモーションするか」

といったことを全く考えていなかった。

深く考えられる人間もいなかったんでしょうね。今考えると、ほんとうに行き当たりばったりでしたね。

まずはオーディションを開き、その決勝大会を商工会青年部の20周年記念事業として開こうということになったんです。

当時の大利根町は人口1万5000人程度の本当に小さな町で、若い人も少なかったので、本当に応募してくれる人なんていないんじゃないか、という不安もあったんですが、最終的には十数名でオーディション決勝大会を開くことができました。

このとき、巡り合わせというか、オーディションの事を聞きつけたアレンジャーが、活動に協力することを申し出てくれました。

童謡自体は、30秒とか長くても1分で終わってしまう曲がほとんど。

それをただ歌わせてもつまらないので、アレンジャーがユーロビート系が好きだったこともあり、童謡をユーロビート調にアレンジし3分~5分くらいにしたおもしろい曲ができあがった。いま考えるとそれが目新しかったのかもしれませんね。

我々は、最初のうちは、地元の祭りに出演する程度の発表の場があればいいと思っていたんですが、オーディションに来た子たちは、本当に真剣な表情でした。

その表情を見たときに、もっと我々が真剣にならなきゃいけないんじゃないかと、刺激をうけたことを覚えています。

わたしも若いころ音楽活動をしていたんですが、ぜんぜん芽が出なかったんです。

でも、大人になってから考えてみると、

「あの時こうしておけばよかったな」とか、

「もう少しこうやっていたら違った結果になっていたんじゃないか」

といった想いがあったんですよね。

だから、その想いや経験をピンキッシュに対して注いでいこうと。

でも、後でオーディションに来ていた子に話をきいたら、優勝賞品の沖縄旅行にどうしても行きたかったから真剣だったらしいんですけどね(笑)。

同時に、これまたどこで聞きつけたんだか、メディアがきて取り上げられたんですね。

最初に埼玉新聞にとりあげていただいたんですが、そのあとにはNHKにも取り上げていただいた。

また、当時インターネットが普及し始めた頃で、ファンになってくれた方が、ファンサイトを作ってくれたり。

あっという間の出来事でしたが、それで私たちも、覚悟を決めましたね。

もう、あとには引けないなと(笑)。

埼玉県の人でも知らないような小さな町が、そういったメディアを通じて話題になり、全国的に名前が知られていったことを肌で感じることができた時期でしたね。

紆余曲折があった13年間

この13年の間には、ほんとうに紆余曲折がたくさんありました。

いまでこそ、おかげさまで、全国色々なところでライブ活動ができるようになってきましたが、すこし前までは、どういった活動をしていったらいいか、迷いもありましたね。

何年か前、都内のライブハウスから声をかけてもらって、アイドルが集まるイベントに出させてもらったんですよ。

そこでは、ライブハウスの関係者やアイドルファンなどからそれなりに評価していただいたんですが、地元の大利根町がなかなか盛り上がらないんです。

いま考えれば、クオリティの低さもあったのかもしれませんが、メンバーは、地元でバカにされたり、誹謗中傷を受けたりして、自分がピンキッシュのメンバーであることを隠したり、地元での活動に引け目を感じたりしていた時期もありました。

メンバーも本当に苦労したと思います。

ですが、良いことにも恵まれました。埼玉県知事より「川の国埼玉観光PR大使」に任命されたり、中西圭三さんと小西貴雄さんが作曲した「タイミング~Timing」を歌わせてもらったりといった運も重なりました。

音楽業界の著名な方が協力してくれたり、埼玉新聞をはじめとするメディアが我々を取り上げてくれたりして、
たくさんのご縁に支えられて今まで13年間もの間、やってこれたのだとおもいます。

色々なことがありましたが、われわれスタッフもメンバーも、本当に良い経験をさせてもらって感謝しています。

日本一のご当地アイドルを目指して

全国のご当地アイドルが集まるコンテスト「愛踊祭~あいどるまつり~」というイベントにエントリーしています。
7月2日からWEB投票による二次審査が始まります。

いま二次審査を通っているアイドルグループが、約200組ほどいるそうです。

かなりの激戦ですが、9月22日に東京ドームシティホールで行われる最終審査に向けて、
まずは何がなんでもファイナリストの9組に残りたい。

そして、最終的には、日本一を目指していこうと、メンバーやスタッフで意気込んでいるところです。

もう一段階成長したピンキッシュとなるためにも、まずは9月22日のファイナルまで突っ走っていきたい。

ぜひ、応援をよろしくお願いいたします。

 

ピンキッシュ公式サイト
愛踊祭 WEB予選課題曲 「魔法使いサリー」

 

[編集後記]
淡々とそして理路整然と語る石川さんの口調には、これからのピンキッシュの活動を見据えた力強さが宿っていたように感じた。そして、となりには控えめに言葉を添えサポートする川田さんがいる。
バランスの良いタッグが組めているからこそ、安心してメンバーがアーティストとしての活動ができるのだろう。

日本一のご当地アイドルを目指して活動しているピンキッシュ。埼玉県のはじっこから大きく羽ばたいていく姿をこの地域のみんなで応援していきたい。

なお、愛踊祭~あいどるまつり~公式サイトでは、もうじき、2次審査としてWEB投票がおこなわれる。アイドルによる地方創生を目撃するためにも、ピンキッシュに投票し、地域全体でピンキッシュを応援したい。

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